こんにちは。
諏訪市できゅうときどきはりという鍼灸院をやっている矢澤です。
今日は「お灸」に興味がある方に向けて、ちょっとディープだけれど、できるだけやさしく読める「お灸の歴史と理論と意義」の話を書いていきます。
きっかけになったのは、2022年に発表されたDawes & Anastasi という研究者たちによる英語の論文です。テーマは、
「痛みや末梢神経障害に対する灸療法の歴史・理論・仕組み・臨床的な意味を整理して、現代医療のなかで改めて評価しよう」
というもの。
この記事では、この論文の内容をベースにしながら、
・そもそもお灸って何なのか
・どんな歴史があるのか
・身体にどう働きかけていると考えられているのか
・なぜ今、お灸がまた注目されているのか
を、「お灸と健康」に関心がある方にも分かりやすいようにまとめていきます。
1. お灸ってそもそも何?

お灸は、一言でいうと
ヨモギから作った艾(もぐさ)を燃やして、ツボや身体の一部を温める「温熱療法」
です。
東洋医学の世界では、もともと
・針(鍼)
・灸
はセットで扱われていて、中国語でも日本語でも「針灸(しんきゅう)」という一つの言葉になっています。「鍼灸」と聞くと「鍼」のイメージが強いかもしれませんが、論文の著者たちは
「お灸は、東アジアの伝統医療の中で、鍼と同じくらい大事な治療法だ」
と、はっきり書いています。
お灸に使う「艾(もぐさ)」とは?
・原料はヨモギ(Artemisia vulgaris や Artemisia argyi など)
・葉を乾燥させ、何度もふるいにかけて、柔らかい部分だけを残したものが「艾」
・よく乾燥しているので、ゆっくり均一に燃え、良い香りがする
ヨモギは日本でも非常に身近な植物ですよね。
昔から「身近に生えている薬草」として、食用にも薬用にも使われてきました。
お灸は、このヨモギの力と「火」と「ツボ」を組み合わせた、とてもシンプルで、しかし奥が深い健康法です。
2. お灸の歴史:西洋医学よりずっと前から
お灸の歴史は、とても長いです。
論文で紹介されているポイントを、かんたんにまとめると
・紀元前2世紀には、すでにお灸に関する理論がかなり体系化されていた
・中国・馬王堆漢墓(紀元前168年に封印)から見つかった古文書には、「十一脈灸経」など、お灸だけを扱う書物が含まれていた
・そこには、「経絡」の考え方と灸治療が記されていて、「お灸と経絡は、鍼(はり)よりも古い可能性がある」と考えられている
つまり、
お灸は、鍼より先に発達していたかもしれない
ということです。
『黄帝内経』と「寒さ」とお灸
中国医学の根本的な古典とされる『黄帝内経』には、寒い地方の人たちの病気について、こんな趣旨の記述があります。
・北の地域は寒く、氷や冷たい風が多い
・そこに住む人たちは内臓が冷えやすく、「冷え」からくる病気が多い
・その治療として「灸を焼くのが適切である」
つまり、
「冷えからくる不調には、火の力で温めるお灸が向いている」
という考え方が、すでに古代からあったということですね。
火とお灸とシャーマニズム
さらにおもしろいのは、お灸の起源が「火の文化」と深く結びついている点です。
・古代中国では、火は「陽」の象徴
・五行の中でも「火」は、動き・温める力・活動性の象徴
・当初はシャーマン(巫)による儀礼の一部で、火と煙で「邪気」や「悪霊」を追い払うと考えられていた
のちに、病気の原因を「悪霊」ではなく「体の働きの乱れ」として捉えるようになり、
・火は「陽気を温める」
・炎症などの「熱」は、別の意味での「悪い熱」で、冷ましたり外に出したりする必要がある
といった、生理学・病理学的な意味合いへと整理されていきます。
日本に伝わってからの「お灸文化」
お灸は6世紀ごろから中国医学とともに日本に伝わり、
・平安時代の『源氏物語』などの文学作品にも、お灸の記述が出てくる
・江戸時代になると、技術が大きく発展し、現在の日本独自の「点灸」スタイルが生まれた
・長く「盲人の職業」として、鍼・灸・按摩が発展し、今も国家資格として続いている
・家庭療法としても、高齢者や子どもに「お灸を据える」習慣が各地に残っている
というように、日本人の生活と深く結びついた健康法として根づいていました。
3. お灸にはどんな種類があるの?
一口に「お灸」といっても、やり方はいろいろあります。
原料の違い
・粗い艾(葉・茎・葉脈が混ざったもの)
→ よく燃えて高温になりやすいので、棒灸などの「間接灸」に向く
・よく精製された艾綿
→ 燃焼温度が比較的低く、ふんわりしていて小さくまとめやすいので、日本式の「米粒大の点灸」に使う
直接灸
皮膚の上にそのまま艾をのせて火をつける方法です。
・小さな円錐状や粒状にしてツボの上に置く
・日本の「糸状灸」では、細い糸のように艾をよって、ゴマ粒〜米粒ぐらいの大きさにして施術する
・竹筒やガラスのカップをかぶせて酸素量を調節し、熱の強さをコントロールする
なかには、あえて水ぶくれや膿をつくって体質改善をねらう「打膿灸」と呼ばれる伝統的な方法もあります(現代では安全性の観点から、一般的ではありません)。
間接灸
直接皮膚を焼かずに、熱だけを伝えるやり方です。
・艾と皮膚の間に生姜・にんにく・塩・附子などをはさんで燃やす
・鍼の柄に艾をつけて燃やし、鍼を通して熱をツボに伝える「灸頭鍼」
・艾をたくさん入れた箱を背中やお腹の上に置いて全体を温める「灸箱」
・葉巻状に固めた艾(棒灸)を皮膚から数センチ離してかざす「温和灸」や、トントンと細かく上下させる「雀啄灸」
今、日本や中国で一般の人がセルフケアとして使う「台座灸」や「シールタイプのお灸」も、広い意味では「間接灸」のひとつです。
4. 鍼とお灸、どう違うの?
論文では、鍼とお灸の役割の違いについて、こんなふうに整理されています。
・鍼
→ 身体にとても細い金属の針を刺して、「機械的な刺激」を与える
→ どちらかというと「余分なもの(邪)」を取り除いたり、滞りを流したりするイメージ
・お灸
→ 熱を使って温める「温熱刺激」
→ 冷えて弱くなっている部分を温め、元気(正気)や免疫機能を引き上げるイメージ
もちろん、現代科学的に見れば、どちらも神経やホルモン、血流などに複雑に働きかけていますが、東洋医学的な感覚でいうと
鍼は「ととのえる」
灸は「あたためて育てる」
というイメージに近いかもしれません。
5. お灸は身体の中で何が起きているの?
論文では、少し専門的な表現も使いながら、お灸の「仕組み」についていくつかのポイントが紹介されています。できるだけやさしく噛みくだいてみます。
1. 熱の深い浸透と「気持ちよい熱感」
棒灸などの間接灸をしていると、「表面が熱い」というより、
「じわーっと奥まで熱がしみ込んでいくような感じ」
が出てくることがあります。これを研究では「heat sensitization(熱感の sensitization)」と呼んでいます。
興味深いのは、
・この「気持ちよい深い熱感」が出た人のほうが、症状の改善が良いことが多い
というデータが、いくつかの研究で報告されていることです。
皮膚には、「温かさ」「冷たさ」「痛み」などを感じ取るセンサー(受容体)がたくさんあります。
お灸の熱は、これらの温度センサーや多感受性受容体を刺激し、
・局所の血管を広げる
・血流を良くする
・ヒスタミンなどの物質の働きが変わる
といった変化を引き起こすと考えられています。
2. 神経の炎症をしずめる働き
論文で特に注目しているのが、「末梢神経障害(ニューロパチー)」に対するお灸の可能性です。
糖尿病性の末梢神経障害の動物モデルでは、
・お灸をすると「NF-κB」という炎症を進めるスイッチの働きが弱くなった
・かわりに「Nrf2」という、細胞を守るスイッチの働きが強くなった
という研究結果が紹介されています。
この2つのスイッチは、どちらも身体の中で炎症やストレス反応を調節している重要なタンパク質で、
・NF-κBが暴走すると、慢性的な炎症や痛みが起こりやすくなる
・Nrf2がうまく働くと、抗酸化作用・細胞保護作用が高まりやすくなる
と言われています。
お灸は、この2つのバランスをととのえることで、
・神経の炎症をおさえる
・末梢神経障害によるしびれや痛みを和らげる
可能性があるのではないか、と論文の著者たちは考えています。
3. 温度によって鎮痛効果が変わる
動物実験では、
・温度が37〜42度ぐらいの比較的低い温度の刺激より
・47〜52度ぐらいの「しっかり熱いけれど火傷はしない」温度帯のほうが
痛みをやわらげる効果が大きかった、という報告もあります。
もちろん、人間にそのまま当てはめることはできませんが、
「熱いけれど、気持ちよくて耐えられる」
くらいの温度帯が、痛みの調整には重要なのかもしれません。
4. ヨモギそのものの薬理作用
お灸は「熱」だけではありません。
ヨモギ自体にも、さまざまな働きがあるとされています。
研究では、ヨモギの精油や成分として
・気道平滑筋をゆるめる(呼吸を楽にする)
・咳をしずめる、痰を出しやすくする
・強い抗酸化作用がある
などの報告があり、さらに
・フラボノイド
・多糖類
といった成分も、抗酸化・抗炎症作用に関わっていると考えられています。
おもしろいのは、
ヨモギを燃やしても、こうした有効成分の働きが失われるどころか、かえって高まる可能性がある
という報告もあるところです。
さらに、生姜やにんにくなどの上に艾をのせて燃やす「隔物灸」では、それぞれの素材の薬理作用がプラスされるため、目的に応じて治療効果を調整できる、とされています。
6. お灸はどんな症状に使われているの?
論文では、お灸が研究されている例として、以下のような症状が挙げられています。
・逆子の矯正
・月経困難症(生理痛)
・便秘
・慢性前立腺炎・骨盤痛症候群
・慢性疲労症候群
・変形性膝関節症
・腰痛
・帯状疱疹後の痛み
・更年期のほてり
など、かなり幅広い分野で臨床研究が行われています。
その中でも、この論文が特に強調しているのが
「末梢神経障害と痛み」
です。
・糖尿病性の末梢神経障害
・慢性的な痛みの動物モデル
などで、お灸が炎症や酸化ストレス、神経の炎症を調整し、症状をやわらげたという報告がいくつも紹介されています。
著者たちは、こうした結果から
糖尿病だけでなく、HIV など別の原因で起こる末梢神経障害にも、お灸が役に立つ可能性がある
と述べています。
もちろん、これは「何にでも効く魔法の治療」という意味ではなく、
・科学的な検証はまだ途中
・質の高い臨床試験がもっと必要
という前提つきです。
それでも、
「お灸は古い民間療法だから、科学的根拠はない」
というイメージとは、かなり違う景色が見えてくるのではないでしょうか。
7. 現代の医療の中で、お灸はどんな意義を持つのか?
論文の結論部分では、
・お灸は、東アジアの伝統医療の中で、鍼と並ぶ中核的な治療法である
・長い歴史と豊富な臨床経験に加え、近年は動物実験や臨床試験を通して、少しずつ科学的な裏づけも増えてきている
・とくに、神経炎症や慢性疼痛、末梢神経障害に対しては、熱刺激・免疫調整・抗炎症・抗酸化作用など、多面的なメカニズムが関わっている可能性がある
・現代の「統合医療」の文脈で、痛みやしびれのマネジメントにお灸を取り入れる意義は大きい
という点が、強調されています。
簡単に言えば、
お灸は「昔ながらの知恵」でもあり、
少しずつ「現代医学が追いつきつつある治療法」でもある
ということです。
8. 「お灸と健康」を、自分ごととして考えてみる
ここまで、お灸の歴史や理論、研究の話を中心に書いてきました。
では、この記事を読んでいるあなたにとって、お灸はどんな意味を持つでしょうか。
・冷えやすい
・なんとなく疲れやすい
・腰や膝に慢性的な違和感がある
・ストレスで自律神経が乱れやすい
こうした悩みを抱えている方にとって、お灸は
「自分の身体の声を聞き直す、やさしいきっかけ」
になることが多いと感じています。
もちろん、すべてのお灸を自分でやっていいわけではありませんし、持病や体質によっては注意が必要な場合もあります。
その意味では、
・専門の鍼灸師に相談する
・セルフケア用のお灸を使うときも、必ず説明書に従う
といった基本は、とても大切です。
それでも、
・何千年も前から続いてきた知恵
・現代の研究でも、少しずつメカニズムが明らかになりつつある療法
だと知るだけでも、
「お灸って、思っていたよりずっと歴史が深くて、ちゃんとした方法なんだ」
と感じてもらえるのではないでしょうか。
まとめ:お灸は「火」と「ヨモギ」と「人の手」の医療
最後に、この記事のポイントをぎゅっとまとめておきます。
・お灸は、ヨモギから作った艾を燃やし、ツボや体表を温める温熱療法
・紀元前の中国から続く長い歴史があり、経絡や灸の理論は、鍼より古い可能性もある
・日本では「針灸」として鍼とセットで発展し、家庭療法としても生活に根づいてきた
・お灸には、直接灸・間接灸など多くの技法があり、ヨモギや生姜などの素材の薬理作用も関わっている
・研究では、
・血流改善
・炎症や神経炎症の調整
・免疫機能の変化
・NF-κB と Nrf2 のバランス調整
など、さまざまなメカニズムが提案されている
・逆子、月経痛、便秘、膝関節症、腰痛、慢性疲労、末梢神経障害などに対する臨床研究も増えてきている
・「昔の民間療法」ではなく、「伝統と最新の研究が少しずつつながりはじめている療法」として、現代医療の中での役割が期待されている
もしこの記事を読んで、
・お灸と健康の関係をもっと知りたくなった
・ちゃんとプロに相談して、お灸を受けてみたくなった
・自分の冷えや痛みについて、もう一度向き合ってみようかな
と少しでも感じてもらえたら、とてもうれしいです。
お灸の歴史を知ることは、
火と植物と人が、どのように「健康」と向き合ってきたかを知ることでもあります。
「なんとなく気になる」
その直感も、身体からの大事なサインかもしれません。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
参考文献:The Case for Moxibustion for Painful Syndromes:History, principles and rationale
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